On the road~青山繁晴の道すがらエッセイ~

2026-02-20 04:50:37
この日時は本エントリーを書き始めた時間です
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【推敲しました】  ブログようやく復活、みなさん、ご無沙汰しました  凄絶な多忙でこのブログの28年を超える歴史でもあまりない長い沈黙でした  実はたった今も、超絶多忙は変わりませぬ



▼このエントリーは、きのう2月20日金曜の夜明け前に書き始めましたが、急ぎの公務に加え、登院時刻が迫るためにアップを断念していました。
 きょう2月21日土曜も、夜が明けて早朝になると、尼崎市 ( 衆院兵庫8区 ) へ向かいます。
 かつこの土曜深夜は、大切な会員制レポートである東京コンフィデンシャル・レポート ( TCR ) の第1525号を執筆中です。TCRは会費前納ですから、会員を絶対に裏切れません。
 尼崎入りは泊まりがけですから、荷物の用意もしなければなりませんね。

 しかし、無償、無条件の発信のひとつであるブログ、それを待つ主権者のみなさんもいらっしゃるのですから、とにかく、一度アップしておきます。

▼上掲の写真のように、2月18日水曜の特別国会の召集日に、わたしも衆議院議員すなわち代議士として初登院しました。( 参議院議員は代議士とは決して呼ばれません )
 わたしは自由民主党本部から、全く新人扱いしてもらえないのです。当たり前かな、参議院2期、足かけ10年ですからね。

 オールドメディアが話題にしていた「新人議員よ、変な高揚感で問題発言、問題行動をするな」という新人研修@党本部にも呼んでもらえないどころか、開催をまったく知りませんでした。
「青山さんが新人研修に居なかった。何があったんですか」と、ほんとうに親身に心配してくれたテレビ記者から至急の電話取材を受けて、はぁ、そんな研修があったんだと知りました。わはは。

 本物の新人議員のかたがたは、午前8時の開門前から、国会議事堂の正門に詰めかけていたそうです。
 わたしはすでに公務がギッシリあり、11時半ごろにようやく登院しました。
 すると、よくぞ待っていてくれたものですね、何社かのテレビ局の取材がありました。
 すべての質問に丁寧にお答えしました。
 ただし、関西のテレビ局だけだったと思います、たぶん。
 違うかも知れません。

 わたしは10年前、本物の新人議員としての初登院のとき、自分で車を運転して国会正門の前を通って議員会館へ向かい、あれ、ずいぶん人が居るなと思ったのを覚えています。
 政治記者の時から、まるで嬉し恥ずかしの新入生みたいに新人議員が極端な朝早くから正門前に待機することに、いくばくかの『ちょっと違うのでは』という感覚がありました。
 国会議員となったのは、ご自分の慶事でしょうか。
 国民の代理人になったのであり、何かの名誉職に就いたのではありませぬ。

 烈しい選挙ののちの初登院です。
 嬉しい気持ち、感慨、感激、すべてごく自然なことです。
 ただし、国会議員になった以上は、あくまでも主権者の代理として節度が必要です。

 同時に、この考えや姿勢を他の議員に求めたりは、決して致しませぬ。
 あくまでも、わたしの生き方としてのことです。

 献金ゼロ、パーティゼロを他の議員に求めることがなく、足かけ7年、代表を務める護る会 ( 日本の尊厳と国益を護る会 ) でも他の議員に求めず、おのれの背中を見せているだけであることと同じです。



▼国会議事堂への初登院には、立法府の当局によって、簡素な儀式は用意されています。
 選挙を一緒に走り抜いた、三浦麻未・公設政策秘書が終始、丁寧にアテンドしてくれました。それは、うれしかった。三浦秘書も、しんどいのにね。

 その三浦秘書に頼んで、大隈重信・内閣総理大臣の像の前で一枚、撮ってもらいました。
 このエントリーの写真は、最後の1枚を除きすべて、三浦秘書の撮影です。

 わたしは福沢諭吉公の慶應義塾大学の文学部を中途退学し、大隈公が創設した早稲田大学の政治経済学部の経済学科を卒業しました。
 福沢公にも深い畏敬の念を抱きつつ、大隈総理に、あらためて胸中の誓いを申しあげました。
「わたしたちの祖国を甦らせます」と。



▼この正面階段は、衆参各院のちょうど真ん中にあります。
 ふだんは登ることも降りることもできません。
 噛みしめるように、階段を踏みました。主権者の代わりに、こゝろを引き締めて、降りました。 



▼上記の階段を降りてから、衆議院の登院ボタンを初めて押しました。
 各社の取材がありましたが、報道で使われることは無いでしょう。



▼そのあと、国会議事堂の別館で、自由民主党の両院議員総会が開かれました。
 これまで公明党代表の選挙区だった広島3区を勝ち上がった、石橋林太郎・護る会事務局長を偶然に見つけて、堅い握手です。
 護る会は、百人規模に一気に戻る見通しです。
 責任は凄まじく重くなります。



▼これは、忘れられない場面になりそうです。
 右に見える男性3人は、参議院議員の時代に、わたしの自宅で飲み交わした、参議院自由民主党の誇る若手ホープのうちの3人です。
 例外なく、護る会の大切なメンバー議員です。

 とても深い感慨と期待を持って、わたしという代議士の誕生を祝ってくれました。
 ありがとう、みんな。
 そして、みんなの背後にいらっしゃる主権者のみなさん、ぼくらはこれからも連帯します。強靱に連帯します。

▼このあと、国会議事堂に戻り、衆議院議員だけの「代議士会」に臨み、そして衆議院本会議での首班指名選挙にて、「高市早苗」と記して投票しました。

 参議院の首班指名選挙では、投票用紙が予備を含めて2枚、席に置いてありました。
 衆議院では、書き損じのできない1枚だけです。

 ことほど左様に、参と衆では、何もかも違います。
 そのなかで、なぜか衆議院の議員会館事務所や公式メールアドレスの使いにくいことには、公設秘書の3人もわたしもかなり苦しんでいます。
 いま、公務の合間に、参議院の幹部陣に礼を尽くして挨拶回りを致していますが、どの幹部も「参議院から衆議院への転身に成功した人は少ないけどね、そのことごとくが、衆議院は何もかも使いにくいと言うよ。たいへんだね、青山さん」と仰います。

 衆議院の若手代議士 ( 護る会メンバー ) から「青山 ( 護る会 ) 代表、わざわざこのサファリパークというか動物園というか、荒っぽい衆議院によろしく」と微笑しながら言ってもらいました。わはは。
 政治記者の時代から、それは良く知っていました。
 だから、わたし自身は想定の通りです。
 当事者になると、秘書さんの負担が非常に気になります。



▼これは打って変わって、総理官邸です。
 初登院の翌日の、おととい2月19日木曜です。

 この2月19日は、あまりにきびしい過密日程のなか、「いつでもどこでも無償、無条件の発信をやめない」という信念のもと、「青山繁晴チャンネル☆ぼくらの国会」の収録をおこないました。
 衆議院議員会館の青山繁晴事務所、その議員室は、まだ引っ越しの段ボールもほとんど開いていなくて、とても収録できないのです。
 議員室の隣のちいさな会議室は、すでに来客もあるので、段ボールを置かずに何とか使えるようにしていますから、そこでやりました。

「青山繁晴チャンネル☆ぼくらの国会」は、未紹介の動画が実に10本、溜まってしまっています。
 選挙中の遊説の生中継の動画などを除いて、この数です。

 今夜はとりあえず、最新のなかでも最新の動画である、これを紹介します。
 日本の総選挙のあいだに、トランプ軍 ( トランプ大統領の特異な指揮下にあるアメリカ軍 ) は、イラン攻撃を着々と準備しています。
 その危機が日本に与える影響について、無条件公開の動画として、ぎりぎりの範囲を着実、確実に守って主権者のみなさんにお伝えしています。

▼この収録のあと、公務や、参議院幹部陣への挨拶回りの継続のあと、衆議院議員会館のシン青山繁晴事務所にて、 段ボールの狭間で礼服に着替えました。
 そして総理官邸に入り、副大臣の全員集合のあと、夜の皇居に参内して、今上陛下の認証を恭しく拝受いたしました。
 それらの写真はありませぬ。撮っても撮られてもいけないのです。
 上掲の写真は、認証式のあと総理官邸に戻ってきたところを、副大臣秘書官が撮ってくれました。

▼さて、選挙のハイライトその他も、この再開ブログで少しづつ、できれば紹介していきたいと思っています。

★代議士となっても変わらず、献金ゼロ、パーティゼロのわたしを支えてくれているのは、会員制レポート「東京コンフィデンシャル・レポート ( TCR ) 」です。
 個人で会員になることを検討してくださるかたは、このボタン個人会員希望の問い合わせを押してください。
 法人で会員になることを検討してくださるかたは、このボタン法人会員希望の問い合わせを押してください。法人会員は直接質問ができるなどの特徴があります。

 個人会員、法人会員ともに、いくぶんかは増勢に転じています。
 こゝろから励まされます。

▼選挙中の苦しい真夜中にも、1行でも書き続けた小説の新作『預言』は、今は、どんなに命を削ってもストップせざるを得ないで居ます。
 あの選挙中よりさらに烈しい日々が、当選後に待っていました。

 しかし、これまでも無理な中を書き続けて、すべてどうにか本として完成度高く仕上げて、世に問うてきたのです。
 できれば、読んでくださいませんか。
 小説の現在の最新作は、『やさしく夜想の交叉する路』です。
 ノンフィクションの最新作は、『絶望を撃つ』です。
 戦う日本女子を応援するためにタイトルの命名と監修をいたしたのは、『ぼくらの祖国 おんな版』です。

▼ありのままに申して発言力の増す「代議士」となり、護る会も百人規模となり、今こそ、衆議院議員会館の青山繁晴事務所から入党なさり、与野党を問わず衆参両院の全議員のなかで、ただひとつの『しがらみの無い党員』となってくださいませんか。
 ここです。
 小選挙区の代議士となっても、全国のために働くことは何も変わりません。
 したがって、党員数の1位を続けることこそが、影響力の貴重な、本質的な土台であることも変わりません。

▼3月の独立講演会@東京は、このブログでろくに紹介できないまま募集期間が終わってしまいました。
 主宰者の独立総合研究所によると、それでも募集はとても多く、抽選が行われたそうです。
 次は、ゴールデンウィーク中の4月29日水曜・祝日に、久しぶりの神戸で開きます。
 募集は、3月27日金曜の正午からです。そして、あっという間に〆切が来ます。
 情報は、ここです。

▼ところでね、みなさん、週刊誌の選挙予測報道の酷い、ほんとうに酷い外れぶり、いつもどおりにまったくカケラも読者への責任を取らず、言い訳すらも無いこと、呆れかえりませんか。
 高市政権圧勝の結果に、かすりもせずに、よくも平然とそのまま週刊誌を売っていると思いませんか ?

 たとえば朝日新聞社のAERAは、左派のなかでは「権威ある週刊誌」ということになっているのではないのですか ?
 わたしの立候補について、取材もなにも無かった気配の政治評論家による「無印。落選確実」という決めつけを載せていたのは、一体なんだったのでしょうか。

 このエントリーを見直してみてくださいませんか。

 さ、東京コンフィデンシャル・レポート ( TCR ) の第1525号の執筆に戻ります。飛行機に乗る前に、書きあげておきたいのです。
 いま2月21日土曜の午前3時05分です。
 夜が明けるとすぐ、早朝の空気のなかを、尼崎市に向かいます。
 尼崎モデルによって全国を良くする。その理念を実現する、具体的な歩みは、とっくに始まっています。

 クオ・ヴァディス。
 Quo vadis ,  Domine ?
 少年の日に、眼を見張るように驚いて読んだ、このひとことを胸に。





 
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