2026-08-07 00:05:11
この日時は本エントリーを書き始めた時間です
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熊本地震のさなか、東日本大震災と福島原子力災害の被災者にもいまだ続く苦しみを背負って、町長さんらがお見えになりました

( 手振りで分かりやすく情況を説明してくださっているのが、福島県の双葉町長です。そのお隣が、大熊町長。環境省の副大臣室のハンガーには、熊本地震のための防災服をわたしが掛けています。いつでもすぐ動けるようにしておかねばなりません )
▼広く全国の自治体の首長や、議会の議長らの要請に誠実に向かいあうのも、副大臣の大切な公務です。
連日のように、環境省の副大臣室を訪ねてくださいます。国会が閉幕してからむしろ、増えています。
この日は、福島第一原発の地元である、福島県の双葉町、大熊町の町長さんと、それぞれの町議会の議長がお見えになりました。
わたしはこの日を、心して待っていました。
なぜか。
福島原子力災害の事故が進行中に、民間専門家として警察庁の許可を得て、警戒区域内の調査に入り、防護服を着て放射線量を実測しながら双葉町と大熊町を隅々まで回ったからです。
時は西暦2011年4月上旬、桜が美しく咲き誇り、小鳥がさえずるなか、人間だけがひとり残らず消えていました。
住民のかたがただけではなく、自衛官や警察官も警戒区域内からは撤収して、誰も居ない情況でした。
警察官は、警戒区域の境界線の入り口にだけ、防護服姿で立っておられました。
警察庁警備局長 ( 当時 ) の許可が出ていることを確認のうえ、わたしを入域させてくれて、かなり心配そうに見送ってくれました。
警戒区域に入ってからは、まったくわたしひとりしか人間は居ません。
福島第一原発から放射性物質が環境中に漏れたことを、はっきりとうかがわせる放射線量の交差点などもありましたが、全体としては放射線量が意外なほど低かったのです。
一方で、道路には巨大なひび割れが走り、プリウスなどの乗用車がその割れ目に落ち込んでいるところもありました。
そこを、重い丈夫な車を運転し、割れ目を片輪走行できわどく、くぐり抜けざるを得ない場所もありました。
家の一軒一軒の前で車を降り、プライバシーをおかさない程度に様相を調べます。
子供たちが遊んでいたまま、あるいは食事の途中のまま、家を去って避難された跡がそのまま残っています。
気がつくと、動物たちに囲まれていました。犬、猫はもちろん、牛などの家畜までいました。みな、痩せているのです。
▼環境省の副大臣室にお見えになったのは、双葉町長の 伊澤史朗さん、大熊町長の吉田淳さん、双葉町議会議長の岩本久人さん、大熊町議会議長の仲野剛さん、それに地元選出の代議士の坂本竜太郎さんでした。
環境省において原子力災害の主担当は、もうひとりの副大臣、辻清人代議士です。
しかし辻副大臣が公務で出張中のため、わたしがお会いしました。
たとえば双葉町の伊澤町長が語られたのは、 昨年には、スーパーや飲食店、そして今年6月にはカンファレンスホテル ( 会議や研修用のホテル ) が開業し、環境が着実に向上している事実です。
ところが、双葉町内の人口は、震災前のわずか3%にとどまっていて、町域の約85%が依然として帰還困難区域であることを指摘されました。
その現実を変えるために、特に、住宅の裏山の急傾斜地に残る放射線量を低減させて住民の不安を軽くすることも含め、充分で包括的な除染を実施するよう求められました。
また、双葉、大熊の両町は、福島県内で発生した除去土壌 ( 地表から剥ぎ取った土など ) を保管する「中間貯蔵施設」を、苦渋の決断により受け容れてくださっています。
これを西暦2045年3月までに、福島県外の最終処分場に移さねばなりません。
▼わたしからは、みなさんがが帰還できるように徹底的に除染を進めること、また除去⼟壌などを福島県外で最終処分するという国の約束を実現することを明言しました。
また、たとえば廃屋などがそのままになっていると、地域の復興を妨げることから、きちんと対応することなどを含め、きめ細かく丁寧に復興を進めますと申しました。
このほか、「特定帰還居住区域」 ( 帰還を希望する住民が戻れるようにするために設定される区域 ) の再生に取り組むことなどをお話ししました。
おふたりの町長、おふたりの議長と綿密にお話ししましたが、そのすべてをここに紹介することはしません。
ただ、対話の一部を上述したのは、福島の被災地の現状の一端を全国の主権者のみなさんに知ってほしいと思うからです。
▼わたしから、たとえば、こんなお話をしました。
「許可を得て警戒区域内に入ったとき、双葉町、大熊町で、住民のかたがたの車が道路に一筋となって連なっていました。どの車もトランクが開いたり、ドアが開いたり、無人です。
わたしは、福島原子力災害からマイカーで避難されようとしていたところに公的な指示があってバスに移って避難されたのだろうと考え、そして驚いたのです。
車がこんなに秩序正しく、ただ一筋に並んでいるということは、あの非常時に、どのかたもどのかたも、きっと、前の車を追い越そうとされず、われ先に避難することをされず、争わずに順に避難されようとしたのだろうと思ったからです。
世界の被災現場も回ってきましたが、こんなことは日本人でなければできないと痛感しました。
あとで、公的機関でわたしの推測が正しかったことを知って、あらためて福島県民のかたがたに深い敬意と感謝を感じました。
あれから15年が経ちますが、今もその気持ちは変わりません」
すると、ふたりの町長、ふたりの議長、そして坂本代議士がみなさん、「その通りなんですよ。誰も前の車を追い越して逃げようとしないんだからね」と口々に仰いました。
復興の実現、そして福島県外の最終処分場の建設などは、そういう素晴らしい福島県民と日本国民への約束なのですから、それを必ず実現する政府にしたいと、わたしは胸の裡 ( うち ) で、もういちど決意したのでした。
▼こうして、さまざまな公務が交錯するなか、きのう8月6日木曜に辛うじて時間を見つけて、「青山繁晴チャンネル☆ぼくらの国会」の新たな収録をおこないました。
どんなときにも、主権者のみなさんへの発信、情報の提供をやめないでいたいからです。
きのうは気力と体力を振り絞って、一気に本篇6本と、ショート4本の計10本を収録しました。
本篇のうち3本は、「飲食料品消費減税の1~3」です。
今夜はまず、「税は国民から取り立てるもの」という古い意識に抗して、なにを樹立すべきかを語りました。
これです。
ショート動画は、原点に戻ると決めて、いわば「ベリー・ショート」として20秒台から50秒台にとどめた4本です。後日、公開します。
なぜ、そう決めたか。
ショート動画を元に新たに創造した『世界は短い』という「ニューエスト・メディア」、それにふさわしいショート動画に再生したいからです。
この『世界は短い』とはまるでジャンルが違うように見えて、根っこに同じ一本の理念を通しているのが、『皇』(すめらぎ)新版です。
▼震災と酷暑の8月も、1週間が過ぎました。
この8月の終わりに、大阪でお逢いできることを祈ります。
何とか存続させたいと、正直、懊悩 ( おうのう ) が続いている独立講演会です。
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( 左から、福島県・大熊町議会議長の仲野剛さん、大熊町長の吉田淳さん、わたし、双葉町長の伊澤史朗さん、双葉町議会議長の岩本久人さん、衆議院議員の坂本竜太郎さん )












